第3話 名づけと夜泣きと寝不足と
赤ん坊のおしりにこびりついたものを、おしり拭きで綺麗にしたあと俺はようやく一息つくことが出来た・・・と思っていたら・・・
「びぇぇぇ!!!」
どうやらだすものを出したらお腹が空いたらしい。
この短期間で随分とこの子の感情を読み取ることにも慣れてきた自分にびっくりする。
「はいはい、少し待ってろよ?今準備するからな」
前回ミルクを用意した時は上手く粉ミルクが溶けなかったが、どうやらやり方が間違っていたらしい。
先ほどはお湯を注ぐ際に一気にメモリいっぱいまでお湯を注いで溶かしたが、調べた限りではメモリの半分ほどお湯を注いですぐにくるくると哺乳瓶を回して溶かさないとダマになるらしい。
その辺は粉末のコーンスープと一緒で、あれもお湯を少し注いだら暫くはかき回し続けないと上手く溶けないから、調べてみれば納得いくものだった。
「よし、今度はちゃんと人肌だな」
2回目にして適温と思われる温度に調整出来た。もしかして意外にこういう事に向いているのかもしれないな、なんてことを思いながら早速出来たミルクを飲ませる事にした。
「しかしいつまでも赤ん坊って言う訳にもいかないよな」
もの凄い勢いでミルクを飲む赤ん坊を見ながら、俺はこの子の名前をどうするか考えてみることにした訳だが。
「この容姿で日本人的な名前を付けるのも何か違うし・・・」
金髪で蒼い瞳なのに名前が○○子とか違うよな!?でもどうせなら意味のある名前を付けてあげたいし、かといってあまりにも凝り過ぎて原形をとどめていないような、所謂キラキラネームを付けるのはもっと嫌だし?あれ?でもキラキラネームって漢字の読みを本来の読み方と違う読ませ方をしたりすることだよな?ってことは漢字での名づけじゃなければキラキラにはならないのか?うぁ~わからん!!!!!!
世の親たちはこんな難解なイベントをこなして名前を付けているのか!?
「名前ねぇ・・・君はどんな名前がいい?」
一生懸命にミルクを飲む赤ん坊に問いかけてはみても、当然答えが返ってくるわけもなく俺はそこからうんうん唸りながら名前を考える。
あれだな!名前つけるのに考えて考えて最終的にまわりまわってシンプルな名前が一番良い気がしてきた!
「よし!決めた!君の名前は”クレール”だ!!」
俺の数少ない外国語知識で確か”明るい”を意味する言葉だったはず!この先の人生でこの子の歩む道が明るく照らされるようにと願いを込めて付けてみた。
我ながらなかなかいい名前じゃないだろうか?意味があっていればだが。
「よろしくなクレール!」
「キャッキャッ♪」
気に入ってくれたのかな?しかし名前を付けると余計にこの子が可愛く思えてきたな!よし!早くクレールが安全に暮らせる場所を探してやらないと!!
とはいえ、辺りを見渡せば大分暗くなってきているので今日のところは早めに休んで明日に備えないと、明日からの行動に支障が出そうだ。
丁度、クレールもお腹がいっぱいになって眠そうだし今日はこのまま寝るとしよう。
流石にこの短時間で色んな事が起こり過ぎて俺も疲れたよ・・・。
「おやすみクレール」
そういって俺はクレールをフルフラットにした車のシートに寝かしつけようと、シートに置いた・・・その瞬間!
「ふぇぇぇ!!!!」
なんで!?さっきまでもうほとんど寝る寸前だったじゃん!?なんでこのタイミングで泣き出すの!?
「どうした~?なんで泣くの?」
「びぇぇぇぇ!!!」
慌てて抱っこをし直して、左右にリズムを取りながら揺れてお尻をポンポンと叩くとピタッと泣き止み、またウトウトとし始めるクレール。
「さっきは置くのが少し早かったのか?」
寝る寸前に態勢が変わったのがいけなかったのかと思い、今度はしっかりと寝ついたであろうタイミングで置くことにした。
ウトウトし始めてからおよそ10分程、ようやく可愛らしい寝息が聞こえてきたところで再度、シートに寝かせると
「ふんぎゃぁぁぁ!!!!」
おう・・・マジかよ・・・。え?なに?背中になんかスイッチでも付いてるの?あんなに気持ちよさそうに寝始めたのに背中がシートに触れた瞬間に泣き出すんですけども!?
・
・
・
それからおよそ3回ほど同じことを繰り返し、ようやく着地をさせることに成功した俺は精根使い果たした状態となっていた。
「ようやく寝たか・・・ダメだもう動けん、俺も寝よう」
寝かしつけるだけでこんなに大変なのだから、これを毎日繰り返している世のママさんたちは純粋にスゲーと思う!正直これを毎日だと思うとかなりキツイもの!!
あれ?でもクレールを寝かしつけるのは今現在俺しかいない訳で、これが基本的に毎日続くの・・・か?
「まぁ、今はとにかく寝よう!おやすみ」
いきなり訳のわからん世界に放り込まれ、化け物に遭遇したり、結婚もしてないのに子持ちになってしまったりとなかなかにハードな一日ではあったが、とにかく今は疲れた心と体を休めるのが先決と、半ば無理やり眠ることにしたがやはりかなり疲れていたのかすぐに睡魔が襲ってきた。
明日はもう少し探索範囲を広げて人里を探そう・・・そんな事を考えながら睡魔に身を任せ、俺は眠りについた、そう、眠りについたんだ、だがその眠りは長くは続かなかったんだ・・・。
「ふぎゃぁぁぁぁ!!!!」
「うおっ!?なんだ!?どうした!?」
スマホに表示された時間を確認すると時刻は夜の十一時、俺の記憶が正しければ俺が寝ついたのは夜の九時だったはず。だとすればまだ二時間程度しか寝てないことになるのだが?
「勘弁してくれよ~」
飲ませたばかりだから、お腹が空いているということはないはず。
だとすればーーーオムツか!?
抱き上げて匂いを確認してみると控えめながらも確かに大きいほうの匂いがする。
「飲んですぐ出るとか健康だなぁ」
そんな悠長なことを言っている間にも、クレールは自らの不快感を全力で訴えてきている。ここはさっさとオムツを替えて早く寝ないと明日がキツそうだ。
「はいはい、今替えるからな~」
替えのオムツを取り出し、速いところ交換しようとオムツの横の継ぎ目をビリビリと切って開けると、そこには大量の大きいモノ(液状)が存在していた。
「キレイにしようなぁ~」
そう言いながらお尻と葉っぱに付着した汚物を拭きとっているとーーー
「おわっ!?」
ピタッと動きが止まったと思った瞬間、クレールの葉っぱから勢いよくお小水が飛び出し、俺の顔面に直撃した。
暗いなか、拭き残しが無いように顔を近づけて拭いていたのが仇となった。
「キャッキャ♪」
「・・・・・・」
一瞬沸騰しかけた俺の怒りも、スッキリした顔で笑うクレールの無邪気な顔を見ていると、顔にぶっかけられた驚きと若干の怒りも自然と収まっていく気がした。
とはいえひっかけられたままでいるわけにも当然いかず、俺は手早くクレールのオムツを交換すると顔を洗うべく湖のほうへと眠気でふらつく足を引きずって向かうのだった。
それからというもの、この日は大体2時間おきにクレールの夜泣きに苦しめられ、その都度ミルクを飲ませたりオムツを交換したりと、眠れぬ夜を過ごす事になった。
明けて翌日ーーー。
「眠いzzz」
結局、碌に睡眠時間を確保できないまま、現在時刻は朝の七時。
湖面は朝日の光を反射してキラキラと輝き、睡眠不足の俺に容赦なく朝が来たのだと告げる。
「いい気なもんですね君は」
夜中に散々俺を大音量の泣き声で叩き起こし、全力で安眠妨害を行った張本人はスヤスヤと俺の横で寝息を立てている。
その姿に軽い殺意が芽生えそうになるが、赤ん坊はそんなもんかと思い直し、握りしめた拳をゆっくりと解くと俺は眠い目をこすりつつ、クレールを起こさないように慎重に移動し、ゆっくりと車のドアを開けて外に出て固まった身体を解すことにした。
「憎らしいくらいいい天気だなっと!」
大きく空に向かって伸びをした俺は、湖の水で顔を洗い意識をはっきりさせ今日の予定を考えつつ、昨日はあまりにもバタバタしていてしっかりと行えなかったスマホの機能確認をすることにした。
確認していくと、色々と便利な機能が備わっていることが分かる。
まとめていくとこんな感じだ。
☆基本機能
◆時計(体感的にも日本時間とこちらの世界に時差はないものと思われる)
◆バッテリー(どういう原理かは分からないがバッテリーが減った様子はない)
◆メモ
◆計算機
◆カレンダー(ただし謎言語)
◆カメラ(静止画・動画)
☆マップ機能
◆拡大・縮小は思いのまま
◆採取ポイント表示機能
◆生体反応表示(敵は赤、友好は青、警戒は黄)
◆ナビ機能搭載(ピンを刺した場所までのルート表示と音声案内付き)
☆ネットショッピング
◆買えるのは育児関連商品のみ(ただしかなりの商品数)
◆支払いは口座引き落とし(何故か俺の預金残高まで表示されている)
◆購入後、すぐに謎空間から商品が届く
☆Web閲覧
◆普通のネットサーフィンは出来る(y〇utubeなども閲覧可能)
◆掲示板やSNSなどに書き込むことはできない
以上だ。
「便利ではあるが、所々不親切だな!?」
いや、基本的に便利ではあるのだ。マップ機能はぶっ壊れ性能と言ってもいい!この世界で生きていくには必須であると言っていい、ネットショッピングも育児関連のみとはいえ商品を確認したところ飲料水やベビーフードなどもあったのは僥倖だ。
なにせ食料も最悪、それを食べれば何とかなる。しかしネットを閲覧出来るのに書き込みが出来ない!これでは助けを呼ぶことも出来ない。
カレンダーやマップに表示される言語が謎言語で表示され、今現在いる地名も把握することが出来ない。
しかし今考えるとクレールを俺に預けた鎧の男とは普通に会話が出来ていたのはおかしい。所謂、異世界転移ものにありがちな言語チートが付与されたと考えた方がよさそうだ。
「どうせならもっと別な能力を付けて欲しかったものだけどな!」
なんにしても目下重要なのは一刻も早くこの場を脱して、生活の拠点を得る事だ。
暫くはこの場でも生活できそうではあるが、俺の預金残高もそう多いわけではないし(およそ100万ほど)いつまでもこの場で生活するには俺の精神衛生的にも、肉体的にもよろしくない(主に睡眠不足)
であればマップ機能を駆使してさっさと村や町などを探して、そこに移動したほうがいいだろう。
「ふぇぇぇぇぇ!!!」
「おっと、もう起きたのか」
時間を確認すると既に八時を回っていた。どうやらたっぷり一時間はスマホの機能を確認していたようだ。
「びぇぇぇぇ!!!」
「はいはい、ミルクか?オムツか?」
そう言いながら俺はクレールをあやすべく、急いで車に戻りそこで目にしたのはーーー
車のシートに広がった、おねしょで描かれた世界地図のようなものだった。
「もうどうにでもなれ~」
今日という一日はこうして始まり、俺は濡れたシートを目の前にして途方に暮れるのだった。
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